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『龍井草堂』が目指すものは?
全体としてインパクトの強い味はないのですが、じわりじわりとボディブローのように、その凄さに飲み込まれていくような料理です。
それにしても、何だったんだろう、この淀みのない透明感は。
味は、それぞれの料理で濃淡がありましたが、雑味というものを一切感じませんでした。これを実現するには、食材選びから調理に至るまで、相当手が込んでいるはずです。
中国料理と言うと、パンチがある料理とどこかで思い込んでしまいましたが、そんな概念は難なく覆されます。
和食、それも京都あたりを彷彿させる、引き算の美学に通じるものがあります。
そもそもどんな目的でこの店が成り立っているのか気になったのですが、英語や日本語でこの店について書かれた良い資料が見つかりません。
手がかりは、先の『99分、美味めぐり』だけですね。そこでオーナーシェフの戴建牢(タイ・ジェンジュン)は、こんな言葉を語っています。
「中国の伝統は、自然とともに培われてきました。伝統を理解したければ、自然の中に身をおくべきです。伝統を守り、古きよき時代に戻りたいなら、自然の中に戻らなくてはならないのです」
なるほど、8万平方メートルある敷地のかなりの部分は自家菜園になっているよう。
スタッフの総数は100人を超えるというので、庭師や農民などもいるのでしょう。
それに、8部屋の客に対して料理人は20人弱いることに驚いたのですが、食べ終わった後だと納得。
この微妙な繊細さを出すには、見た目より手間がかかるでしょう。蟹にしろ、鴨にしろ、付きっきりで見ていないと、味が壊れるような微妙なバランスの上に成り立っている料理ですから。
中国の流れからしてもエコロジカルな意識はあるのでしょうが、サスティナビリティに関しては、むしろ「?」です。
圧倒的な人の手と時間がかかっている作業の上澄みの数%。それが、テーブルの上に並べられていた料理なのでしょう。つまり、宮廷料理の本質に近いようなもの。
そう感じると、ふいに「王様か、自分は」という自分にツッコミをいれてしまっています。
奥義の入り口。でも、ここが極地でも構いません
よく言われることですが、とくに中国では、本当に良いものはなかなか表に出てこないもの。
紹介制とか、会員制という言葉とはレベルが数段違う、奥の奥にあるものではないかと思います。
料理においても、それは同じで、ミシュランの3つ星なんて大衆の頂点でしかなくて、本当に質だけで判断したら、その先に2つも3つも星を積み重ねなくちゃいけないものが、隠れているのではないでしょうか?
そんな世界は、現地のお偉いさんと知り合いになって(偶然でしかあり得ないでしょうが)、お呼ばれしたりしないと味わいないんじゃないだろうなぁ、と。
勝手な妄想かもしれませんが、中国の最上級の文化をそんなイメージで見ていた私にとっては、この『龍井草堂』のような店が、ポッと杭州に来た外国人が、ふつうに予約して、実際に食べられること自体、なんて良い時代になったんだ?と驚きが隠せません。
と言いつつも、食事中は、新垣結衣の大ファンだというサービスの男の子と、「いつか来てくれたら良いね」みたいな話をスマホの通訳機能を介してしていたことも、以前の中国を多少なりとも知る者からすれば、シュールと言えば、シュールかもしれません。
もしこの先にさらにすごいものが存在しているのだとしても、もうここでじゅうぶんです。そんな極地を体験したような感慨にふけった店。