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「XO醤」発祥の店を前身とすることで知られる、中国料理店『嘉麟樓/Spring Moon(スプリングムーン)』。
その伝統に奢ることなく、シェフの交代などで料理はより洗練し、2017年度版以降、「ミシュランガイド香港澳門」で一つ星を獲得し続けています。
飲茶ランチでの利用でしたが、定評のある料理だけでなく、お茶に、空間に浸りきることができる極上の体験。
「ザ・ペニンシュラ香港」が誇る名店の底力を堪能してきました。
平均予算:ランチ 8,000~10,000円、ディナー 20,000~30,000円/「ミシュラン香港 2021」1つ星
九龍のランドマーク「ザ・ペニンシュラ香港」にある、香港の中国料理のメルクマーク
いまだ再開発が著しい香港では、行く度に商業施設など新たなスポットが続々と誕生していますが、ランドマークということにおいて「ザ・ペニンシュラ香港」は別格じゃないでしょうか。
九龍の尖沙咀(チムサーチョイ)の一等地。香港を訪れれば必ず一度は通るような場所に、1928年の開業以来、ずっとあり続けているのです。
それだけの歴史を誇るホテルなので、年に一度くらいのペースで香港を訪れるような私でも、思い出の中に刻まれていたりもします。
スマホの画像フォルダをパラパラ眺めながら、「ザ・ペニンシュラ香港」のクリスマスイルミネーションを撮った写真を見つけ、そう言えば、3年前の12月は香港にいたなぁとか。
地理的な目印というだけでなく、人びとの記憶の中でも目印になるような存在。
何に関しても移り変わりが激しい時代に、行けば当たり前のように存在してくれているというのは、それだけで価値があることですし、有り難いことでもあります。
・昨今、ふたたび評価を上げてきているペニンシュラ内の中国料理店『スプリングムーン』に注目
ただ、伝統や歴史とは言っても、過去を模倣しているだけではダメで、本質は残しつつ、ディテールはリニューアルしていかないと続かないことは、どの業界でもよく言われます。
『ザ・ペニンシュラ香港』内の中国料理レストラン『嘉麟樓/Spring Moon(以降、スプリングムーン)』を訪れる際に、頭に浮かんでいたのはそんな言葉でした。
この『スプリングムーン』は長い伝統を誇る高級広東料理の名店ですが、この2~3年、現地の食いしん坊たちから、シェフが変わってさらに良くなったという評判を多く聞いていました。
実際、2017年度版からは「ミシュランガイド香港澳門」の一つ星も獲得。伝統に胡座をかくことなく、新しい風を吹かせているようです。
「これは行かなくちゃ」と思ってから、スケジュールがなかなか合わず、1年以上が経ってしまいましたが、ようやくその機会を得たのが6月上旬。
予約した当日、MTR「尖沙咀駅」から暑さを避け、地下道を歩きます。
と言っても、改札から3分ほど。L3出口からはすぐのところに、ザ・ペニンシュラアーケードの入り口があるのですが、建物からすれば裏側。
気分的には正面から入るのが好きなので、回り込みます。
そのエントランスを入ると『ザ・ロビー』。「アフタヌーンティー」が有名ですね。
荘厳な西洋建築に南洋植物が置かれた雰囲気は、植民地時代の優雅さを彷彿とさせます。
シンガポールの「ラッフルズ・ホテル」とともに、足を踏み入れるだけで、タイムスリップをしたような気分になる特別な空間。
レストランは1階(日本で言う2階)なので、この階段を上がっていきます。
隣にいたカップルの女性は、階段を登り始めると、つい「ここにいるだけで女優みたい」とささやいていました。
抜群の空間演出がしっかりハマったということでしょう。
『スプリングムーン』は正面から入って、左側の一番奥にあります。
・ランチに点心コース
初めて行く店はランチからという方も多いと思いますので、今回はコース仕立てで点心ランチを楽しんでみました。
席につくと最初は「凍頂烏龍」。カクテルのようなオシャレな出で立ちですが、驚いたのはその味。シャキッとしてながら、しっかりとした香りが潜んでいます。そう考えると、カクテルグラスはよく似合っているかもしれません。
同時に、並べられた小皿の一つは「XO醤」でした。
いまや、中華の高級調味料の代名詞のような存在になっている「XO醤」は、この「ザ・ペニンシュラ香港」が発祥だとか。
チリ、乾燥ホタテ、干しエビなど最高級の食材を使用したこの「XO醤」は、1980年代に『スプリングムーン』の前身となる中国料理レストランの料理長やレストランスタッフが一丸となって開発。
その美味しさが話題になり、他の料理人たちもこぞってつくり始めたそうですが、レシピは秘伝なので、それぞれの店によって味が違います。
ちなみに、日本に広めたのは、周富徳さんという説が有力です。
・ひねりの利いた食材の組み合わせ、広東らしい凛としたテイスト
まずは点心の盛り合わせで、「麒麟樓點心垪盤/Spring Moon dim sum combination」から。
きらびやかな點心ですが、見た目だけではありません。
ホタテの包餃子にはアクセントにグアバが使われていたり、豚の焼売に包まれたスープはマッシュルームと黒トリュフのソースが潜んでいたり。食材の組み合わせにかなり趣向を凝らしているのですが、奇をてらいすぎた感なく、すっきりと喉を通っていきます。
続いては、スープで「松茸淮山杞子燉桃膠/Duuble-boiled matsutake mushroom with yam, goji berries and peach tree jelly」.
松茸のスープですね。そこに、最近ではスーパーフードとして注目されているクコ(ゴジ・ベリー)が入っています。
そこまでは、他店でも幾度となく味わってきましたが、さらに桃の木の樹脂の「桃膠(とうきょう)」などが入ったものは初めての体験。
甘みというより香りが前に立つイメージで、全体的には透明感のあるスープ。栄養価の高い具材を使っていますので、薬膳スープ的な役割も担っていますね。
そうこうしているうちに、次のお茶は「福鼎極品銀針白毫/Fuding supreme silver needle」。
いわゆる「白茶」。貴重な高級茶ですので、自分で淹れるのは怖いのですが、ティーマスターが適切な状態で出してくれて、一安心。そっか、白茶は、蓋碗で淹れるんだとか、やはり知らない人の方が多いと思います。
そこに合わせるのは、「鳳凰三疊/Roasted chicken fillet with crispbread and mango」。
チキンとマンゴー、パンがセットになっているのですが、その3つの食材のパリッ、トロッ、サクッという食感、旨味、甘み、塩味のハーモニー。
そして、中華のコースでは肉料理の後に青菜は定番。今回は、「上湯浸美國菠菜苗/Coddled American spinach in supreme broch」。
ほうれん草の青菜。シンプルですが、素材の味わいを堪能できます。
最後のお茶は、プーアール茶で「十五年陳-熟普洱/Aged 15 years fermented premium pu er」。
15年熟成のもので、かなりのコク。
飯ものは、シグネチャーディッシュの一つ「籠仔金銀蒜蟹鉗蒸飯/Steamed crab claw and rice with minced garlic」。
蟹の身はプリプリ。ジャスミン米のさっぱりしたテイストも、主役の蟹を引き立てています。味のアクセントを付けたいときには、やはり秘伝の「XO醤」ですね。
〆のデザートは、「金網嘉枝燉北海道鮮奶/Double-boiled Hokkaido milk with lychee and rice cracker」。
ガルタイユのようにサクッとした感触で網状になったお米のクラッカーの下には、北海道牛乳をボイルしたもの。
中華料理で言えば豆乳的な使い方ですが、香港でも北海道ブランドは強いようです。日本人からすれば、こんな牛乳の使い方があったのかと目からウロコ。
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・まとめてみると
食べ終わった直後は、広東料理を食べたぁ!という気分に浸っていたのですが、冷静にディテールを振り返ってみると、結構、技が利いています。
シンプルに勝負するところもあれば、イノベーティブなレストランで出てきてもおかしくないオシャレな盛り付け、プレゼンテーションも盛り込まれています。
味のほうで印象的だったのは、點心やスープ、「鳳凰三疊」など、食材の組み合わせの巧みさ。
いろいろ織り交ぜながらも、決して雑多にならず、全体の味のトーンとしては高級広東料理らしい透明感を醸しています。そういったバランスの取り方が上手いシェフだなぁと感心しました。
まあ、「飛ぶものは飛行機以外、四つ足は机と椅子以外は何でも食べる」という広東のことですから、香港のシェフにとって、これくらいの食材の扱いはお手の物だと言ってしまえば、身も蓋もないでしょうか。
名店『福臨門』出身のシェフということですが、その芯の凛とした部分は保ちつつ、引き出しは多い方なのでしょう。
個人的には、現在の高級広東料理のど真ん中が、この『スプリングムーン』くらいかな?と捉えています。
香港では何しろ良い店がたくさんあるので、どこで広東料理を食べるかはいつも迷うのですが、ここが一つの基準になるような気がしています。
もちろん、もっと高級な値段をとる店も、逆にB級な店もあります。もっと現代的に尖った料理を出す店も、逆に伝統に寄り添った店もあります。
その選択肢の多さに、どこを選ぶか迷宮に入り込んでしまいがちなのですが、迷ったらいったんここに戻ってみる――そんなメルクマークとしては最適なレストランに思えました。
ここに注目①:秀逸なティーペアリング
料理の味もさることながら、感銘を受けたのは、お茶。セットになったコースだったのですが、2名いるティーマスターに任せっきり。
でも、それが正解だと思います。
お茶は慣れていないと、なかなか飲みどころを捉えるのが難しいもの。どうしても美味しい瞬間を逃してしまいます。
急須が良いのか、蓋椀がいいのか。抽出に適した温度は? 飲むのに美味しい温度は? それを把握している方は、相当な通でしょう。
例えばワインだったらソムリエに任せてしまった方が美味しく飲めることが多いのですが、お茶もプロにお任せしてしてしまう安心感を堪能できました。
店の奥にあるティーカウンター。お茶好きにとっては、ギャラリーのような楽しさも感じます。
一部、カウンターや棚に並べられていますが、200以上もの茶器コレクションを誇るとか。
中国の伝説や自然に着想を得たデザインのものなど、センスの良い茶器が揃います。
このティーカウンターでは、25種類以上の厳選した中国茶を提供。
ここに注目②:隠れた20世紀のデザイン遺産?
もう一つ付け加えておきたいのが、内装。この『スプリングムーン』のデザインは、そもそも近代建築の父の一人、フランク・ロイド・ライトが手がけていました。
いかに心地よい空間をつくるかという知恵とアイデアに関しては、フィンランドのアルヴァ・アアルトと並ぶ建築界のレジェンドの一人。「グッゲンハイム美術館」などが代表作です。
ここ『スプリングムーン』の内装は、ホテル開業70周年となる1998年にオープンした1928年当時の形に生まれ変わっています。
実際に手がけたのは、地元のデザイナーだと言うことですが、ダークオレンジとイエローの色調、アンティークスタイルのチーク材の床、ステンドグラスなど、かなりフランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd-Wright)へのリスペクトがうかがえます。
例えば、天井がそれほど高くなくても圧迫感はなく、カラーリングや視線の持っていく方によって広がりを出す絶妙な空間づくりなどには、巨匠ライトの姿が垣間見えます。
日本では旧「帝国ホテル」がF・L・ライトの設計でしたが、現在は愛知県の明治村に移築されています。
現在でも使われているライト・デザインの“活きた場”が減ってきているので、建築好きの方は。それを体験するだけのためでも香港に赴き、『スプリングムーン』で食事をする価値があると思います。
『嘉麟樓/Spring Moon』店舗情報
平均予算:ランチ 300 – 500香港ドル、ディナー500 – 1500香港ドル
営業時間:ランチ <月-土>11:30-14:30 <日・祝>11:00-14:30、ディナー 18:00-22:00
定休日:無休
電話番号:+852 2696 6760
住所:1F, The Peninsula Hotel, Salisbury Road, Tsim Sha Tsui
オフィシャルHPはこちら
予約に関して
オフィシャルwebでは日本語で予約可能。
また、日本語で予約できる代行サービスなども便利です。
店の地図
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