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作品概要
『グリーン・デスティニー』『ブロークバック・マウンテン』などの名作で知られる台湾出身のアン・リー監督。父親三部作と呼ばれる初期のシリーズの三作目がこの『恋人たちの食卓』です。
完成は1994年。20年以上経っても残っているのは、それだけ優れた作品だったからだと言えるでしょう。
隠れた名作とまでは言いませんが、佳作であることは確か。父親と三姉妹を巡るストーリーで、家族物語としてもよくできていますし、何より中華料理がこんなに美味しそうに描かれた映画は、ほかを探してもなかないないものです。映画で扱われた料理としては、かなりハイレベルな作品の一つであることは間違いありません。
『恋人たちの食卓』が観られるサービス
「Prime Video」「U-NEXT」「NETFLIX」など配信されていませんが、「Gyao」で2018年5月半ばまで無料で観られます。
DVDは発売されていますので、購入や「TSUTAYA DISCUS」などでのレンタルは可能です。
ここが美味しそう!
台北を舞台にしていますが、出てくる料理は中国本土のもの。
主人公の父親は、高級ホテルの料理人。それも4大料理、つまり北京、上海、広東、四川を極めた名人です。
コイをさばき、小麦をまぶし、油通しする。イカに飾り包丁を入れる手さばき。豚の醤油煮のプルンプルン具合。生きた鶏をさばき、丸ごとスープに――冒頭の5分だけで、もう満漢全席を堪能できます。ご飯、3杯はいけますね。
劇中では、ガチョウの丸焼きや生姜スープなども登場。
さすが、4大中華を極めた名人です。
その他、屋台での牛肉麺など、台北らしいストリートフードも登場します。
レビュー
私にとっては、食わず嫌いは損をするという教訓になった映画でもあります。
90年代後半、台湾映画の新世代には注目していたつもりだったのですが、エドワード・ヤン、ホウ・シャオシェンといった才能に夢中で、このアン・リーは観逃していました。
作品名くらいは知っていたのですが、この『恋人たちの食卓』も邦題が、当時の私にはNGでした。単なる恋愛映画と思い込みスルーしてしまっていたんです。
淡々した筆致で描いた、食欲と性欲、男と女で成り立つこの世
実際のところ、中国語での原題は『飲食男女』。きちんとこの原題を認識していたら観ていたかもしれません。
「飲食男女(おんじきなんにょ)は人の大欲(たいよく)」ということわざがあるのですが、意味は「食欲と性欲は、人間にとって避けることのできない強い欲望だ」というようなこと。つまり、恋愛と言えば恋愛なのだけれども、もう少し人の本性に迫った視線を持っている点では全然レベルが違います。この差は、作品の深みとしては、決定的な差になります。
大学生の三女はバイト仲間の彼氏をからかっているうちに、付き合うことになり、妊娠して結婚。
長女は別れた彼氏を忘れられず、男性とは無縁な教師生活を送っていたかのように見えましたが、ひょんなことからバレーボール部のコーチと突如結婚。
父親は三姉妹の言動に振り回されつつも、亡くした妻を思い続けていたのですが、長女の旧友と再婚。
航空会社に勤めるキャリアウーマンで、もっともモテていた次女が、恋は振り切り、幼い頃の夢だった料理の世界に。
冷静に考えると、行き当たりばったりのコメディ的な展開のようにも思えますが、人生なんて、そんな出会い頭の交通事故の積み重ねのようなものだというメッセージのようにも映ります。そんな人生の機微を、淡々と映し出すストーリに知らず知らずのうちに飲み込まれていくような作品です。
ハリウッドで、後にリメイク版も制作されています
タイトルということでは、そのまんま訳した英題の『EAT DRINK MAN WOMAN』と、『恋人たちの食卓』と、どっちが優れているかと考えると、悩ましいところですが。
折しも、90年代前半と言えば、時代はトレンディ・ドラマの全盛期。そこにあやかろうと1人でも多くの人に観てもらいたいと必死に考えたであろう映画会社の努力は、今では笑って看過してあげたいと思えます。
アン・リー監督がハリウッドでも実績を残し始めた2000年代初頭、リメイク版の脚本を担当します。舞台はアメリカ西海岸、主人公の家族はメキシコ系アメリカ人に置き換えられていますが、大まかなストーリーは同じです。
日本での上映やDVD発売はなかったのですが、BSでオンエアはありました。その名はなんと『恋のトルティーヤ・スープ』(笑)。ちなみに原題は単に『Tortilla Soup』。
何がなんでも「恋」という字を入れなくちゃ気がすまないところは、もはや執念でしょうか。脱帽です。