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2011年から2014年まで、デンマークのレストラン『ノーマ』を追った非常に優れたドキュメンタリー。
この作品を観たことでようやく『ノーマ』って、そのシェフのレネ・レゼピがやってきたことって、そういうことだったんだ?と、おぼろげながら見えてきました。
料理関連の映画の邦題は、釣りタイトルにも近いことが多いのですが、この「世界を変えた料理」というのは比較的良心的だと思います。
たしかに、『ノーマ』は、世界を変えたと思っています。
ここでは、最終的にアジアのグルメシーンにどういった影響を与えたかという視点から、この作品を解いていきたいと思います。
今すぐ、レビューを読む(ネタバレ注意)
作品概要<宣伝コピー>
★世界一のレストラン「ノーマ」を率いるカリスマシェフ、レネ・レゼピ。美食界に新風を巻き起こした食の革命児である彼に起きた突然のスキャンダルと転落。いかにして復活を遂げるのか、その奇跡に密着した4年間を余すところなく描き出す!
★見たことも食べたこともない、美しすぎる北欧料理の数々。「エル・ブリ」のフェラン・アドリアも絶賛、その料理の秘密と哲学に迫る。
予告編動画
『ノーマ、世界を変える料理』が視聴可能な配信サービス
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レビュー:世界で使えるプラットフォームとしての『ノーマ』
『ノーマ』を一躍世界に知らしめたのは、「世界のベストレストラン50」で2010~12年、’14年と4回にわたりNo.1を獲得したことです。
それも大きなトピックですが、それ以上に私は世界のレストランへ大きな影響を与えたことが重要だと考えています。
だからこその世界のトップレストランです。
比較してしまうのも何ですが、フランス料理との関係を考えるとわかりやすいかもしれません。
割をくったとも言えるのが、20世紀においては覇権を握っていたフレンチ勢ですので。
誤解なきように言っておくと、私自身、フランス料理は大好きで、とくにクラシック・フレンチが好きなのですが、フランス料理が世界のグルメシーンの絶対的な基準でなくてもいいと思っています。
世界の中の一つの優れた料理でいい、それをしっかり提供してくれるレストランが残ってくれればと願っているだけです。
『ノーマ』が世界のグルメシーンに与えた影響とは?
さて、覇権などという大袈裟な言葉を使ってしまいましたが、トレンドを変えたという言い方にしても本質は変わりません。
正確には『エル ブジ』が種を撒き、『ノーマ』が花を咲かせたのだと考えていますが、アジアの最先端と言われるレストランを回ることで、世界のファインダイニングへ影響を与えるモデルが一変したことをより強く実感しています。
その世界への影響という視点をもう少し深掘りすると、『エル ブジ』&『ノーマ』の以前/以後では、抜本的に立っているところが違うことに気づきます。
webやビジネス的な言い方を借りれば、プラットフォームが変わったということ。
それを説明しようと考えていた時に思い出したのが、iPodが誕生してきたときのことです。
それまでの携帯音楽プレイヤーのトップブランドは、SONYのWalkmanでしたが、CDからMP3に音源が変化していく段階で、そこにAppleがiPodを送り込んできたのです。
もちろんWalkmanもデジタル対応モデルをリリースしましたが、iPodと比較した場合、当時の専門家たちと話していたのは、そもそもの発想が違うということでした。
「iPodはあくまで小さなコンピューター(*今で言えばスマホですね)であり、その機能の一つとして音楽プレイヤーがあるという設計。
一方、Walkmanはあくまで音楽プレイヤーの域を出ていない」と。
その後は、iPodがiPhoneに発展していき、どちらがスタンダードになったかは私が語るまでもありませんが、ファインダイニングの分野でも、世界で同じようなことが起こっていたのかもしれません。
この作品を観ている限り、レネ自身は、純粋に自分の料理、自分の表現を追求していただけで、後の影響力まで考えていたフシは感じられませんが、結果論としてそうなったということです。
ニュー ノルディック キュイジーヌとは?
もう少し、詳しく説明しましょう。
例えば、世界のどこでも、本国フランスよりもフランスらしいフランス料理を提供することは可能です。
実際、日本の巨匠たちがいるフランス料理店のレベルは、この分野では相当高いと思います。
対して『ノーマ』の料理をそのまま、ほかの土地でやることは、事実上、不可能です。
なぜか?と考えるには、まずシェフのレネとオーナーのクラウス・マイヤーがまとめた「ニュー ノルディック キュイジーヌ」に関するマニフェストを見て見ましょう。
新北欧料理のマニフェスト
「われわれ北欧の料理人たちは、今こそ美味しさと北欧ならではの個性を持った『新北欧料理』を生み出し、世界の偉大な料理と肩を並べる時であることを確信する」
新しい北欧料理の目的とは
1、北欧という地域を思い起こさせる、純粋さ、新鮮さ、シンプルさ、倫理観を表現する
2、食に、季節の移り変わりを反映させる
3、北欧の素晴らしい気候、地形、水が生み出した個性ある食材をベースにする
4、美味しさと、健康で幸せに生きるための現代の知識とを結びつける
5、北欧の食材と多様な生産者に光を当て、その背景にある文化的知識を広める
6、動物を無用に苦しめず、海、農地、大地における健全な生産を推進する
7、伝統的な北欧食材の新しい利用価値を発展させる
8、外国の影響をよい形で取り入れ、北欧の料理法と食文化に刺激を与える
9、自給自足されてきたローカル食材を、高品質な地方産品に結び付ける
10、消費者の代表、料理人、農業、漁業、食品工業、小売り、卸売り、研究者、教師、政治家、このプロジェクトの専門家が力を合わせ、北欧諸国全体に利益とメリットを生み出す
あくまで北欧の地でどういう料理をやるべきかというマニフェストなので、ほかの土地で『ノーマ』とまったく同じ料理を出してしまうと、このコンセプトに反してしまいます。
『エル ブジ』が種を撒き、『ノーマ』が花を咲かせたプラットフォーム
ただ、少し考えれば、この「北欧」という主語は、世界のどこにでも置き換え可能なことに気づきます。
日本でもいいですし、バンコクでも、マニラでも、バリ島でも、この考え方は実現できるはずです。つまり、『ノーマ』がやってきたことは、世界的には、むしろ汎用性が高かったと言えます。
例えば、20世紀において、その土地の料理に高級感だったり、クリエイティブなテイストを与えたいとき、多くの場合、フランス料理のスタイルを部分的に流用することが一般的でした。
中国ならならヌーヴェル・シノワ、ベトナム料理でもヌーヴェル・ヴェトナミーズと、フランス料理の威を借りています。当然、和食でもそういったスタイルが全盛だった時期もありました。
それはそれで美味しかったと思うのですが、フランス料理が世界のスタンダードだったから成り立っていたスタイルです。
そこから生まれたものは、現在から言えば「フュージョン料理」の域を出ません。
結局は、フレンチの枠を抜け出せてはいなかったのです。
ところが、21世紀に入って、状況が一変。まずは、スペインから『エル ブジ』が登場したのです。
当時のフランス料理の状況を、ロブションの懐刀と言われた『SUGALABO』の須賀シェフはこう振り返っていました。
スペイン勢が現れてから、フランスのシェフたちは何やったらいいかわからないぐらい自分たちのアイデンティティを失ってしまった<中略>フランス人は焦っちゃったんです。それに対抗するように『俺たちもこんな細かい仕事できるんだよ』みたいな感じになってしまって、迷走しちゃったんですね。そういう時代に入って20年経ったわけです
ただ、ここは注意深く見たいと思います。
『エル ブジ』が出てきたことでスペインのガストロミーに注目が集まりましたが、フェラン・アドリアは、いわゆるスペイン料理をやっていたわけではないことです。
『ノーマ』のレネ・シェフも、ワンシーズンではありますが、『エル ブジ』で働いた経験があります。
が、ご存知の通り、スペイン料理をやっているわけではありません。
『エル ブジ』からの影響がより強いと思われるバンコク『ガガン』のガガン・アナンドもそうです。
フェラン・アドリアの薫陶を受けたとしても、スペイン料理をやっているわけではありません。
フェランから学んだ方法論にインスパイアされつつも、具体的な味としては、自分のルーツであるインド料理をベースに、ガガン・シェフが影響を受けた日本料理味を加味してやっています。
逆に、いくら師匠だとしても、フェラン・アドリアが、『ガガン』の料理を生み出すことはできないはずです。
そして、『ノーマ』です。『エル ブジ』との違いは、テクノロジーの使い方に表れるでしょう。ここに関しては、『エル ブジ』のほうが高度です。
それに対して『ノーマ』は先のマニフェストにあったように、より自然派です。食材に対する深い知識、それらを活かすセンスは必要ですが、特別なテクノロジーや高級な食材が必要なわけではありません。
その意味では、どの地域でもやりやすいのは、『ノーマ』流の方法論に軍配があがるでしょう。
『ノーマ』とはスピリッツであり、その精神から生まれたプラットフォームは、全世界で応用可能
ここで、このwebのテーマであるアジアのレストランをみていくと、より顕著に『ノーマ』の果たした役割がわかります。
バンコク『GAA(ガア)』のガリーマ・アローラ シェフ。『ガガン』のスーシェフだった女性ですが、『ノーマ』で勤務経験もあります。
自身の出身のインドと現在いるタイをミクスチャーしながら、コンテンポラリーな表現に仕上げていく彼女のスタイルは、まさに『ノーマ』があったからこそできたことかもしれません。
マニラの『TOYO Eatery』も同じです。『ノーマ』的なプラットフォームに当てはめることによって、国際的にはそれほどメジャーでないフィリピン料理を新たな表現に昇華。
結果、「アジアのベストレストラン50」2018年度の「One to Watch」受賞店となっています、
『ノーマ』との直接の関係はなさそうですが、ソウルの『Mingles(ミングルス)』の食材の扱い、地元の料理のアレンジの仕方などにも通じるものを感じます。
もう一つ、この作品を観るまで知らなかったのは、シェフのレネが、バルカン半島のマケドニアからの移民だということです。
ときどき自国の料理は自国の人間がやるべきなのかな?なんて考えたりもするのですが、それはもう関係ないということでしょう。
例えば、バリ島で地域の食文化を、現代に通じるクリエイティブな料理に仕上げた『ロカヴォール』は、オランダ人シェフが始めた店です。
そのことをちょっと気にしていた部分があったのですが、今いる場所、その場所に真剣に向き合えるかどうかだけが問題で、出自の問題ではないと理解できました。
そう考えると、日本人が、フランス料理経由のニューノルディックキュイジーヌをやってもいいわけですが、それをやるなら、フランスでやるべきということにでもなるでしょうか?
クレジット
監督: ピエール・デュシャン
製作年:2015年/製作国:イギリス
カラー/上映時間99分