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2017年8月の『ナーム』訪問記
「COMO METROPOLITAN BANGKOK(コモ・メトロポリタン・バンコク)」の一階にあるタイ料理店『nahm(ナーム)』。
ここを訪れたきっかけも、「アジアのベストレストラン50」でした。
2017年はNo.5、’16年はNo.8、’15年はNo.7、’14年はNo.1、’13年はNo.3と一桁台の常連です。タイ料理でありながら、この評価の高さは何なのだろう?という、興味が先立っていたことがきっかけです。
そういったお試し感覚だったことや、スケジュールの都合もあり、今回はランチ利用で。
・洗練を身にまとった新たな伝統的タイ料理
「ビーフカレー」が美味しいことは噂には聞いていたので、もう一皿、野菜系の前菜を。
「初めて店に来たのなら、『野菜と果物のサラダ タイスタイル』がいい」というスタッフのオススメに従ってみます。
それらを待つ間、最初にアミューズが出てきました。パイナップルの上にタイの味噌を載せた一口サイズの「マーホー」です。
古来タイ料理のおもてなしの気持ちを表す小品。アミューズや付き出しで、その店の世界観がわかるとはよく言われますが、その意味で好印象。
程よいエキゾチックな南国気分と洗練さが同居しています。
続いて、「野菜と果物のタイ・サラダ――タマリンドとヤシ糖、ゴマのドレッシングで(Thai vegetable and fruit salad with tamarind, palm sugar and sesame dressing)」。
タイ現地で一般的なネギやバジルなど香味でもある野菜や、甘み抑えめの瓜系のフルーツが使われています。
軽く混ぜて、口に運んだときにハッとしました。これだけ多種多様の食材を使いながら、この統一感は何?と。
取材をしたことのあるジャーナリストによれば、トンプソン氏はかなりの完璧主義とのこと。とくに強調しているのは「味のバランス」。そのために徹底的な研究と、日々の仕込みに妥協をしないシェフだということです。
例外も多々ありますが、郷土料理、地方料理の弱点の一つとしては、あまりバランスを考慮していないことだと考えています。
なので、ハマれば最高! でも、ダメなら全然ということが多いと思うのですが、きちんとタイ料理の伝統にリスペクトを払いながら、世界のどの人が食べても美味しいと思わせる洗練をまとっていることが、このサラダからもうかがえます。
メインは「和牛のパナン・カレー ピーナッツとエシャロット、バジルとともに(Panang curry of Wagyu beef with peanuts, shallots and Thai basil)」です。
「パナン・カレー」はタイのレッドカレーの一種ですが、ピーナッツなどの香りが引き立ったマイルドなタイプ。エシャロット入りは初めてですが、程よく辛みが利いています。
私自身、辛すぎるのが苦手なので「少し控えめに」と頼んだせいもあるでしょうが、非常に食べやすい美味しさです。
肉は、おそらくA3ランクあたりの程よく刺しが入ったものを丁寧に煮込んでいるようで、柔らかすぎず固すぎずという絶妙なバランス。
肉の旨みをころさないジャストな火入れにも好印象。ジャスミンライスが付きますが、そちらも洗練された味です。
これだけポテンシャルの高いタイ料理を体験してしまうと、2皿では満足しきれませんね(満腹ではありましたけど)。
もっといろいろな料理を食べたいという気分を残してしまったので、次にこの『ナーム』に来るときは、ディナーで目いっぱい堪能したいと思います。
・オーストラリア人シェフ、デヴィッド・トンプソンが築いた、タイ料理のニュー・スタンダード
ここで、オーナーシェフのデヴィット・トンプソン氏のことを少し紹介しておきましょう。
オーストラリア出身のトンプソン氏の名が知られ始めたのは、シドニーで1992年にオープンした『Darley Street Thai』、’95年オープンの『Sailors Thai』と立て続けに成功させたことでした。これらのお店は、数年間、タイで修業し、帰国後すぐのことでした。
この成功に目を付けたのは、「ボンド・ストリートの女王」と称されたクリスチーナ・オングというシンガポール人企業家でした。彼女は、自身が経営するCOMOホテル系列のロンドンにある「The Halkin」内にレストランを開くことを彼にオファー。それが、オリジナルの『ナーム』です。
2001年にオープンしたロンドンの『ナーム』は、オープン後半年も経たずに、その年のミシュランで星を獲得します。これはまた、ミシュラン史上、はじめてタイ料理に贈られた星でもありました。
タイでの経験を礎に、オーストラリアで頭角を現し、ロンドンで世界のスターシェフの仲間入り。そこが彼のキャリア、料理の面白いところだと思います。
バックボーンもそこに住む人々の味覚もまったく異なる地で、タイ料理の魅力を伝えていったシェフとも言えるでしょう。
そして、2013年、バンコクに『ナーム』をオープン。それ以降の成功は、逆輸入のかたちですが、タイ料理の魅力を現地バンコクに改めて教えた外国人シェフだと評しても問題ないと思います。
冒頭のエピソードを挙げたのも、そういうことです。また、他国の文化を自分の成功のために利用している感は、彼の料理からはまったく感じないところにも好感が持てます。
その証しの一つとなるのでしょうか、最近のトンプソン氏は、タイのストリートフードをテーマとしたニュー・ブランド『Long Chim』を、オーストラリアのパースとシンガポールにオープンしているとのこと。むしろタイ文化の伝道師的な様相を帯びています。
・アジア文化の素晴らしさを発見したのは、多くの場合、外国人だった?
世界遺産アンコールワット近くに、内戦で途絶えていたカンボジアの伝統的な絹織物の再興を果たした日本人がいます。
もともとは京友禅の職人だったその森本喜久男さんから聞いた話が印象的で、アジア諸国の文化を考える際、私のなかではその言葉が一つの指標になっています。
それは、どうして日本人であるあなたが、他国の伝統を守ろうとするのですか?と訊いたときの答えでした。
森本さんいわく、「20世紀後半の近代化、西洋化の中で、とくにアジアでは、自国の文化を自国の人間が評価するほうが難しい状況がありました。ならば、その素晴らしさを、外から教えてあげるしかないんです。日本も近代化真っ只中の明治時代はそうでしたよね」、と。
バンコクでも、そういった例には事欠きません。
有名なところでは、タイシルクを一大ブランドに育て上げたジム・トンプソンなどもそうでしょう。彼はアメリカ人。日本では、松本清張が、謎の死を遂げた彼の数奇な人生をモデルに『熱い絹』を著したことで知られていますが、タイシルクに魅せられ、タイシルクを世界で通用する商品にソフィスティケートさせた立役者でもあります。
バンコクにおけるビジネスの中心地の一つ「サトーン」にある洒脱なホテル「COMO METROPOLITAN BANGKOK」内にあるタイ・レストラン【ナーム】を訪れた際に、頭の中を巡っていたストーリーは、こういったものでした。
・「インターナショナルに通用するタイ料理」という一つのジャンルを確立
タイを訪れたことがある人には、ストリートフードの美味しさにハマってしまった方も多いでしょう。
かくいう私も、「タイ料理を楽しみたい」ということなら、まずはそちらをお勧めします。お財布への負担も限りなく軽いですし。
一方で、タイには宮廷料理の伝統があります。
ベーシックなメニューはストリートフードとさほど変わりませんが、より高級な食材を使い、見た目の美しさや提供方法を昇華させたタイ料理です。
トンプソン氏が『ナーム』で成し遂げたのは、その両方にリスペクトを払いつつ、ファイン・ダイニングとして「グローバルに通用するタイ料理」という一つのジャンルを確立したことだと、1時間強のランチでも十分実感できました。
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